津波による建造物などの崩壊を粒子法で予測して防災へつなぐ
津波による建造物などの崩壊を粒子法で予測して防災へつなぐ
九州大学大学院工学研究院 社会基盤部門 構造解析学研究室 准教授
撮影:奥野竹男
津波により街にある橋や堤防などの建造物が壊れる様子をシミュレーションすることは難しいのが現状です。
浅井さんは、それを「粒子法」によって実現し、優先的に補強すべき橋や堤防を予測して防災につなげることを目指しています。
「子どものころ、横浜ベイブリッジや明石海峡大橋などの建設が進められていて、私も大きな橋をつくる土木の仕事に就きたいと思いました」
そう語る浅井さんは岐阜大学工学部土木工学科に進学。「卒業後、ある企業に就職して橋の建設に関わりたいと思いましたが、大きな橋の建設計画はないことを知り、東北大学の大学院に進みました」
そこで浅井さんは、建造物が壊れる過程を計算するシミュレーションに興味を持ちました。「建造物が壊れる直前までの計算は行われていますが、その後の壊れる過程の計算はほとんど行われていません。それは難しくて面白そうなテーマだと思ったのです」
浅井さんは学位を取った後、米国などでの研究を経て、2007年に九州大学に着任。「日本では耐震設計が進み、かなり大きな地震のゆれでも建造物が壊れることは少なくなりました。しかし、津波や豪雨、土砂崩れなどでしばしば建造物が壊れます。私は津波により建造物が破壊される過程のシミュレーションを目指した研究に取り組み始めました」
浅井さんは、それを「粒子法」によって実現しようとしています。地球温暖化の予測や天気予報などでは、大気をメッシュ(格子)に区切って計算します。「メッシュはつながっている必要があります。大気は亀裂が入ることはないのでよいのですが、建造物が壊れる過程では亀裂が入ったりするのでメッシュ法は向いていません。一方、粒子法では津波や建造物が仮想粒子でできているとして計算を行います。仮想粒子はそれぞれ自由に動くことができるので、建造物に亀裂が入って壊れたり、波しぶきが上がってまた海面に吸収されたりする様子を表現することができます」(図2)
粒子法は1970年ごろに天体衝突を計算する手法として開発されました。さらに1995年には、流体の計算にも使われ始めました。「メッシュ法などに比べて粒子法はまだ新しく開発途上の手法です。津波で建造物が壊れる過程を計算するには、津波のような流体の動きや建造物にかかる力などを一緒に計算する必要があります。そのような異なる物理現象をつなぐシミュレーションは難しいのですが、粒子法ならば可能になると考え、手法の開発を進めています」(図3・図4)
西日本の太平洋沖にある南海トラフでは、100~150年ほどの周期でマグニチュード(M)8クラスの地震が繰り返し起きてきました。今後30年以内に南海トラフでM8~9クラスの地震が起きる確率は70%程度、その規模は最大でM9.1、犠牲者は最悪のケースで33万人に達すると予測されています。
「東日本大震災では、津波ハザードマップで大きな津波が来ることが予測されていなかった場所でも津波の被害が出ました。そこで、最大規模の地震や津波を想定して防災を図ることが求められるようになりました。しかし、それには膨大なコストがかかります」
浅井さんは、今後、南海トラフで最も起きる確率が高い規模から最大規模まで、複数の地震シナリオについて、津波により実際の街にあるどこの建造物が壊れるのか、シミュレーションにより予測することを目指しています。
「避難行動や復旧活動のシミュレーションの開発も進められています。それらと組み合わせて、避難・復旧に重要な橋や堤防の中で津波によって壊れる可能性が高いものを特定することで、どの橋や堤防から優先的に補強を行うべきかといった議論につなげていくことができます」
浅井さんは、街全体を対象にした津波による建造物の破壊シミュレーションをポスト「京」で実行する計画です。そのために現在、「京」などを用いて計算手法の開発・改良を進めています。
「現在の津波シミュレーションは、水面の流れと水深という2次元の計算のみで、上下方向の流れも含めた3次元の計算はしていません。地震発生域から海岸までは2次元計算で津波をうまく再現できますが、避難行動に重要な津波が陸上を遡上(そじょう)する過程や各地点での到達時間はうまく再現できません。3次元計算を取り入れることで、それらを高精度で再現できる可能性があります」
街全体を襲う津波のシミュレーションは、2次元ならばパソコンでも計算可能ですが、3次元では計算量が多いため、「京」などのスーパーコンピュータが必要です。「3次元計算にもいろいろな手法がありますが、私たちは粒子法による3次元計算を『京』で行い、従来の2次元計算の津波シミュレーションと比較して、どこまでは2次元の計算で再現できるのか、どこからは3次元で計算した方がよいのかを突き止めようとしています。計算量が多い3次元計算に全て置き換える必要はありません。従来の2次元計算と3次元計算をうまくつないで街への津波の遡上過程や到達時間を高精度で再現し、そして将来、ポスト『京』では建造物の破壊シミュレーションを行いたいと思います」
防災には、私たち一人一人の地震や津波に対する知識や備えも重要です。「何も起きていないところで避難訓練をしても実感が湧きませんよね。私たちは、『京』で計算した街に津波が遡上する映像と歩行コントローラーを組み合わせた体験システムを開発しました(写真1・図1)。仮想粒子の直径を50cmにすることで、膝下の浸水も表現できるなど、リアリティーのある映像をつくることができるようになりました」
そのシステムにより、津波からの避難を体験することができます。ただし、津波からうまく避難できるように訓練することが目的ではない、と浅井さんは言います。「どんなにうまく避難しようとしても、津波が見えてから逃げたのでは遅いことを体験してもらうためのシステムです」
浅井さんが粒子法の研究を始めたころ、研究成果を論文に投稿しても、門前払いされることもあったそうです。「粒子法に関する研究実績がなかったからでしょう。門前払いされた研究成果を、別の雑誌に投稿して掲載され、それが今では多くの研究者に引用されています。最近では門前払いされることもなくなりました」
浅井さんが准教授を務める構造解析学研究室には現在、20名近くの学生が在籍しています。「特に東日本大震災後、津波シミュレーションを学びたいと多くの優秀な学生が集まるようになりました。粒子法にもいろいろな定式化(現象を数式で表現すること)があり、私なりに納得した定式化による研究課題を学生に与えています。でも、すぐにうまくいくわけではありません。するとその定式化を諦めて、ほかの定式化を試そうとする学生もいます。そんなときは、“すぐに駄目だと諦めるな。自分で駄目な理由を証明してごらん”と指導します。問題点をしっかり考え抜くことで、やがてその定式化でうまくシミュレーションができるようになります」
高精度の津波シミュレーションを行うには、街の地形や建造物に関する精度の高いデータが必要です。「良い研究成果を示さないと精度の高い情報は集まりません。学生たちにも協力してもらった津波シミュレーションの研究成果に、行政の人たちも注目してくださるようになり、精度の高いデータが集まるようになりました」
浅井さんは粒子法を発展させてさまざまなものをつなぎ、防災に貢献しようとしています。
(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)