計算科学の世界トップページ

ナノ世界の電気特性を「京」でシミュレーション。

シリコンナノワイヤの
設計実用化に道を拓く。

K computer Newsletter No.3 : Interview

左:長谷川幸弘 (理化学研究所 計算科学研究機構 ソフトウェア技術チーム 開発研究員)
右:岩田潤一 (東京大学 大学院 工学系研究科 特任講師)

最後の追い込みでは「朝から晩までずっと一緒で合宿のようだった」という長谷川さんと岩田さん。各分野の専門家たちが集結し優れたチームワークを発揮したことが「ゴードン・ベル賞」という大きな成果につながりました。

進化するコンピュータ

私たちの身の回りには、携帯電話、家電など半導体を使った製品があふれています。コンピュータの心臓部を構成するCPU※1という部品もその一つです。

CPUはプログラムを実行する主要な部品のことで、中央演算装置とも呼ばれます。CPUの実体は「集積回路」(IC※2またはLSI※3)と呼ばれるもので、非常に小さな「トランジスタ※4」や「コンデンサ※5」「電気抵抗※6」などの素子(エレメント)が無数に組み込まれた電気回路です。

わたしたちの身近な存在となったパーソナルコンピュータの最先端CPUには、驚くことに、1個のCPUあたり約10億個のトランジスタ素子が組み込まれているそうです。

※1 CPU: Central Processing Unit; 中央演算装置
※2 IC: Integrated Circuit; 集積回路
※3 LSI: Large Scale Integration; 大規模集積回路
※4 トランジスタ:増幅またはスイッチング機能を持つ半導体素子
※5 コンデンサ:電気・電子回路における蓄電機能を持つ電子部品(素子)
※6 電気抵抗:電気・電子回路における電気抵抗を持つ電子部品(素子)

シリコンナノワイヤのシミュレーション結果

「シリコンナノワイヤ」への期待

これまでは素子を微細化することにより、集積回路の高性能化、高集積化、そして省電力化が同時に達成できていました。しかし、微細化がどんどん進み、素子のサイズがナノメートルの領域に入ると様々な問題が顔を出すようになり、その結果、消費電力の増大を抑えることが非常に難しくなってきました。とくに、CPUが仕事をしていないときにも電流が漏れてしまう現象(漏れ電流)による電力の消費は、CPU動作時の消費電力に匹敵するほどになっており、大きな問題となっています。

高集積化の限界をいかに突破するか。それはコンピュータの進化を維持するためには避けて通れない課題となっているのです。

そのため、現在主流の「プレーナー型」トランジスタによる微細化はあきらめて、新しい構造のトランジスタを導入することが検討されています。「シリコンナノワイヤ」もそうした構想のひとつです【図1】。

シリコンナノワイヤは、プレーナー型と違って、ソース・ドレイン間をシリコンのワイヤで構成し、そのまわりをすべて覆うようにゲート電極が取り付けられています。これによって電流のオン-オフを制御しやすくなり、漏れ電流を大幅に減らせるようになるのです。

こうした新構造トランジスタを用いた集積回路を設計・製造するためには、素子の電圧・電流特性など、物性に関する情報が不可欠となります。しかし、こうしたナノ世界の物性を知るためには、量子力学の原理※7に基づくコンピュータシミュレーション(第一原理計算※8)が不可欠となるのです。

※7 量子力学の原理:電子のエネルギー状態を記述したシュレーディンガー方程式のこと。
※8 第一原理計算:基礎方程式だけに依存して物性を予測する方法論。

ナノ世界の電気特性をシミュレーション

さて、ちょっと前置きが長くなってしまいましたが、いよいよスーパーコンピュータ「京」の出番です。

東京大学の岩田潤一さんと、理化学研究所の長谷川幸弘さんたちは、プロジェクトを組んで「シリコンナノワイヤの電気特性(つまり電子状態)を解析するプログラム」開発を目指しました。

実は岩田さんは、このプロジェクトの前から、筑波大学に導入された2560個のCPUを持つスーパーコンピュータ「PACS-CS」を使って同じ目的のプログラムを開発していました。

「そこでは最終的に1万を超える原子が集まってできた物質の電子状態を計算しました」と岩田さん。

どんな方法で計算したのですか?

「トランジスタもその他の物質も、3次元空間の中で原子が寄り集まってできています。コンピュータで計算しやすいように、その3次元空間を格子状に表し、さらにその格子状の3次元空間をCPUと同じ数だけの領域に分けて、電流の担い手である電子の運動をそれぞれの領域で並列に計算します。電子の運動は、量子力学の第一原理に基づく方程式(コーン・シャム方程式※9)を解いて求めます【図2】。その方法の基礎となる理論は、密度汎関数理論と呼ばれるものです。我々はそれを3次元の実空間で計算するので、RSDFT※10(実空間密度汎関数理論)と呼んでいます」

なるほど、それでプログラムの名前も「RSDFT」になっているのですね。では、なぜそのRSDFTを「京」で動かそうとしたのですか?

「京コンピュータは、PACS-CSの約1000倍の性能を持っています。RSDFTを京コンピュータに移植すれば、原子数にして約10倍(10万原子)の電子状態を計算することができるからです」

10万原子は、実際のシリコンナノワイヤトランジスタを構成する原子数とほぼ同じです。したがって、「京」を使えば実際のナノワイヤの電気特性を予測することができるというわけです。

岩田さんのプログラムを「京」で動かすにあたっては、長谷川さんが大きな役割を発揮しました。「プログラムを京コンピュータに最適な形に作り変えて最高の性能が引き出せるようにしました」と長谷川さん。

こうして、「京」のアプリケーションとなったRSDFTプログラムは、きわめて高い処理能力を発揮。2011年の「ゴードン・ベル賞/最高性能賞」(米国計算機学会)を受賞して、「京」の性能が実際のアプリケーションの処理能力についても、世界最高レベルにあることを証明しました。まさに、計算科学(岩田さん)と計算機科学(長谷川さん)のコラボレーションによる成果と言えます。

※9 コーン・シャム方程式:コーンとシャムが開発した第一原理計算の方法論。
※10 RSDFT: Real-Space Density-Functional Theory; 実空間密度汎関数理論

次世代集積回路実用化への道

さて、こうした「京」でのアプリケーションの開発は、シリコンナノワイヤの実用化にどのように結びついていくのでしょうか。岩田さんは最近の研究成果をひとつ紹介してくれました。

「シリコンナノワイヤトランジスタの特性を決める要因は、断面の形状、断面での原子の並び方、長さ、界面、欠陥、など多数あります。それらのうち、断面形状と長さの違いが、シリコンナノワイヤの電子状態(電圧・電流特性に関係する)がどう変化するかを計算で求めたのです」

その結果、楕円断面の場合に電圧・電流特性が良いということが判明しました【図3】。また、これまでの小規模な計算からは見えなかった現象が、「京」での計算によって見られるようになってきました。こうした知見は、シリコンナノワイヤトランジスタを実際に設計しようとするときの重要な情報になるのです。

今までは、PACS-CSのCPUをすべて使っても1週間かかっていた計算が、「京」の一部のCPUを使うだけでも1日でできるようになります。これによってシリコンナノワイヤの研究が大きく進むことになるでしょう。

「京コンピュータのアプリケーションとしてのRSDFTは次世代トランジスタの設計開発に重要な指針を与える物になる」と岩田さんは言います。長谷川さんも「京コンピュータとRSDFTを使って素晴らしい成果を次々と生み出して欲しい」と期待を寄せています。

MENU