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計算科学と計算機科学のインタープレイ

分野を越えた研究開発が
活かす「京」の性能

K computer Newsletter No.2 : Interview

計算科学研究機構
米澤明憲 副機構長に聞く

「京」が完成した暁には、これまで数時間かかっていた計算を数分で完了することが可能になり、計算の精度も飛躍的に向上します。しかし、「京」のように大規模なスーパーコンピュータ(スパコン)を使いこなすのは容易なことではありません。「京」を効率よく、そして効果的に運用していく"鍵"となるのは何か。米澤副機構長にお話を伺いました。

開発が進む「京」

2012年6月の完成に向け、「京」の開発は着々と進行しています。すでに本体のハードウェアは完成し、現在は、ハードウェアを動作させるために必要なシステムソフトウェアの開発と検証作業が進められています。ハードウェアを骨格に例えるなら、システムソフトウェアは神経や筋肉に相当します。このハードウェアとソフトウェアが完成することで、「京」の能力は100%発揮されるのです。

「京」の完成後、その運用を担うのが計算科学研究機構(AICS)です。米澤副機構長は、「京」を構築するプロジェクトに早い時期から参画し、運用方針について他のメンバーと議論を重ねてきました。米澤副機構長は「『京』のように大規模な超並列型スパコンを使いこなすのは、非常に難しいことです」と語ります。抜群の計算能力をもつ「京」からは、シミュレーションによる画期的な研究成果が生み出されると期待されています。しかし、そのためには、「どのような研究に使うのか」を考えることと、使いこなすための準備が不可欠です。

オールジャパンの研究体制

「『京』がもつ世界一の計算性能を有効に活用するためには、優れた成果が生み出されると期待される研究課題を選択し、重点的に取り組むことが重要です」と米澤副機構長は指摘します。このように、計算資源を集中するという戦略的な考えから、5分野にわたる戦略プログラム(研究計画)、「戦略5分野」が立ち上がりました(右図)。各分野の研究者たちは、日本全国から「京」に集い、研究を行います。

また、これまで、計算科学の研究やコミュニティは大学や研究所が所有するスパコンを中心に培われてきました。そこで、これらの計算資源と「京」をうまく連携させるネットワークとして、「ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)」を構築しようという計画も進行しています。2012年春には「HPCIコンソーシアム」が正式に発足する予定です。「スパコンを利用した研究の裾野を広げ、日本全体が一丸となり、HPCIの将来を考えていこうという取り組みです」と米澤副機構長。このようなオールジャパン体制の中心に位置づけられる機関として、AICSの活動方針が検討されています。

戦略5分野とAICSの関係
HPCIの戦略5分野の研究者は、「京」に集い、研究を遂行する。
※印は代表機関

世界でも類を見ないインタープレイ(学際融合)

戦略5分野では、各分野の研究者が「京」の性能を最大限に生かしたシミュレーションに挑みますが、大規模な並列計算を成功させるためには、「京」のしくみや特性をよく理解した上で、プログラムをつくる必要があります。しかし、これは容易なことではありません。「計算科学の専門家は、研究手法としてシミュレーションを用いますが、"計算機"の専門家ではありません。そこでAICSが計算科学と計算機科学の橋渡しをする役割を担い、『京』を用いた研究の遂行をサポートします」と米澤副機構長は語ります。

そのために、AICSは独自に研究チームを擁しています。現在、研究チームは8つあり、その研究テーマは、計算科学で共通に用いられる計算手法の高度化と、スパコンに密接に関わる計算機科学の2つに大別されます。来年度には、さらに8つのチームが加わる予定です(右上図)。計算科学では、研究対象(分野)が異なっても、似通った方程式やアルゴリズムが用いられることがあります。そこでAICSでは、分野間で共通する計算手法を洗い出し、基盤的なツールとして高度化する研究を進めています。また、「京」で実行するプログラムの生産性を上げるため、例えばプログラムの再利用について検討するといった、計算機科学の研究も行われています。

「これまで、計算科学の分野を越えて、また計算科学と計算機科学の枠組みを越えて、共同研究するような試みはまれでした」と米澤副機構長。さらに「計算機施設に、このように分野を越えた研究者のインタープレイの場を設ける体制は、世界でも他に類を見ないものです」とAICSの独自性を強調します。さまざまな分野から研究者が集う「京」、そしてその運用を担うAICSだから実現できる環境といえるでしょう。

すでに、このインタープレイは始まっています(右下図)。例えば、「戦略分野3 : 防災・減災に資する地球変動予測」では、気象シミュレーションを専門とする研究者と、AICSの3つの研究チーム(複合系気候科学研究チーム・システムソフトウェア研究チーム・プログラミング環境研究チーム)が一体となって、「京」で行うシミュレーションのプログラム作成に取り組んでいます。このように、「京」の本格稼働に向け、戦略5分野とAICSの研究チームの共同により着々と準備が進められています。

AICSの研究チーム編成
「京」を効率的・効果的に使いこなすため、現在AICSは、計算科学に関する5つの研究チームと、計算機科学に関する3つの研究チームをもっている。今後、共通分野として、可視化や大規模データ処理に関する研究チームが加わる予定。

AICS研究棟に設けられた研究者居室
居室には、分野を隔てる壁がない。大部屋の中で、さまざまな分野の研究者が交流し、日々、新しいアイディアが生まれている。

未来を見据えた課題に向かう

AICSでは、「京」を運用し、発展させ、世界的な研究拠点を形成するというミッションを遂行すると同時に、新しいプロセッサの開発に着手するなど、次の世代のスーパーコンピュータ「エクサ※1」に向けた検討も始まっています。また、「京」のような大規模スパコンを扱う技術に関する教育や交流にも、積極的に取り組む予定です。ここで育った人材は、将来の計算機科学・計算科学を支えると期待されます。米澤副機構長は「AICSの活動によって計算機科学、計算科学を活性化させ、国力のアップにつなげていきたい」と語ります。今後、AICSを舞台とした連携と交流はさらにさかんになり、計算科学の未来を切り拓いていくことでしょう。

(取材・構成 那須川真澄)

※1 エクサスケール・スーパーコンピュータ。1秒間に100京回以上の演算速度をもつもので、アメリカや中国、日本で実現に向けた検討が始まっている。

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