理化学研究所 計算科学研究機構

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Science 研究成果

細胞の応答のばらつきのメカニズムをコンピュータシミュレーションで再現

生命システム研究センター 生化学シミュレーション研究チーム
チームリーダー 高橋恒一

生物の体を一つの機械にたとえれば、分子生物学の進展によって部品一つひとつの性能が明らかになり、それら部品のカタログが完成した段階になりました。その部品がどうつながって「生きて」いるのか、コンピュータシミュレーションで解明するのが計算システム生物学の目的です。生物の体は複雑で、従来のスーパーコンピュータには限界がありました。私たちはその限界を超える「京」を活用して、細胞まるごとのシミュレーションを目指し、分子間の情報伝達を再現するソフトウエア「E-Cell」を開発しています。その途上で、一つの知見が得られました。

遺伝的に同じ細胞を、同じ条件で培養し、同じ刺激を与えても、同じ応答をするとは限りません。応答は細胞によってまちまちで、その理由は明らかになっていません。細胞核に分化・増殖のシグナルを伝える経路の中に、EGFR⇒RAF⇒MAPKという3つのタンパク質分子が登場するものがあります。これら分子間の情報伝達をシミュレーションしたところ、実際の細胞と同様、応答にばらつきが生まれました。原因は分子の総数の違いにあります。3種類の分子数を比べると、EGFR>RAF<MAPKと、真ん中のRAFが少なくなっています。情報伝達に伴うノイズは分子数が少ないほど増幅します。RAFで増幅されたノイズがそのまま下流のMAPKへと伝わることが、応答のばらつきを生むと考えられるのです。現時点では実際の細胞内でのばらつきも同じ理由で起きているとは断言できませんが、メカニズムの一つを示せました。今後もこうした知見を一つひとつ積み重ねながら、細胞まるごとのシミュレーションを実現していきます。


ヒト細胞において、細胞質にあるMAPKという分子が分化・増殖のシグナルを受け取ると、細胞核に移行し活性化する。その様子をシミュレーションした結果を、研究室で開発した蛍光顕微鏡シミュレーターを用いてあたかも顕微鏡で観察したように可視化したもの。上から下に時間が流れていて、左の細胞はよく応答しており、右の細胞はあまり応答していないことがわかる。