北極域への「すす」の輸送メカニズムを解明 -「京」を用いた超高解像度の全球大気汚染物質シミュレーション-
大気中を漂う小さな塵、エアロゾルは大気汚染や気候変動の重要な要因です。中でも「すす(黒色炭素)」は氷の上に降り積もって融けやすくさせるなど、気候変動への影響が大きいと考えられています。しかし輸送量などの正確な推定は困難で、気候変動予測における不確かさの一因でもあります。
今回「京」で従来にない高解像度のシミュレーションを行い、これまで捉えきれなかった低気圧や前線の微細な構造が、「すす」の輸送に大きな役割を果たしていることがわかりました。今後、より高性能なスーパーコンピュータを最大限駆使しエアロゾルの輸送メカニズムを明らかにできれば、より不確実性を減らした気候変動予測が可能になると期待できます。
塵も積もれば、氷がとける…?!
空気中には「エアロゾル」と呼ばれる半径10万分の1ミリメートルから100分の1ミリメートル程度の小さな塵が漂っています。このエアロゾルは工場からの排出や焼畑、砂漠から巻き上がる砂、海面からの潮しぶきなど様々な要因で発生しますが、エアロゾルの中でも黒っぽい「すす(黒色炭素)」は、雪や氷の上に降り積もって、白い氷を黒っぽくさせ太陽光を吸収することで雪や氷を融けやすくさせたり、大気中を漂っている間に気温を上昇させたりします。しかし、その輸送メカニズムや輸送量の詳細は明らかになっておらず、気候変動予測の不確実性を大きくする一因となっています。
北極の「すす」はどこから?
これまでにも、「すす」の行方を追うべくコンピュータでさまざまなシミュレーションが行われてきました。図1のb)は、従来のシミュレーションで北極周辺の「すす」の量を表したものです。しかし何故か、実際の観測(図中では○で示されている)の値と比べると少なくなっています。どこへ行ってしまったのでしょうか。
雲と大気の動きを再現する
「すす」などのエアロゾルの行方を追うためにはまず、地球上の大気の動きや雲の様子をできるだけ現実に近い状態に再現する必要があります。シミュレーションでは、地球全体を格子に切り分け、それぞれの格子における大気の状態(風速・風向・気温・気圧・湿度など)を計算します。そこにエアロゾルの一生(どこから発生してどのように移動しどこで落ちるのか、大気中での化学反応、など)の過程を盛り込んで計算を行うのです。格子が細かい、カメラで言えば解像度が高いほど、より現実に近くなりますが、計算量は膨大になります。
「京」の計算パワーで
今回研究グループは、北半球について、「京」を使って、格子間隔が3.5 kmというシミュレーションに成功しました。従来の格子間隔、数10〜数100 kmに比べるとかなりの高解像度です。図2のa)とc)で比べてみると、低気圧や前線に伴う雲の微細な構造がはっきり捉えられているのがわかります。
「すす」の量はどうなったのでしょうか。図1のa)を見ると、従来の研究に比べて観測値とよくあっています。3.5 kmという格子間隔の細かいシミュレーションによって雲の詳細な構造が計算できるようになり、雲や雨のある領域とない領域がはっきりしたことで、雨によって地上に落ちてしまう「すす」の量をより正確に見積もることができたからと考えられます(図2のb)とd))。また、低気圧や前線によってできる小さな渦がエアロゾルを効果的に遠い地域(ここでは北極)まで運んでいく様子も明らかになりました。つまり、従来では雲の詳細な構造の表現ができていなかったために、遠い地域まで運ばれるエアロゾルが雨によって落ちてしまったと考えられています。今回「京」を用いて行った超高解像度シミュレーションでは、運ばれているエアロゾルの量は、従来のシミュレーションに比べておよそ4倍。大きな差です。
気候変動メカニズムの解明に向けて
今回の研究は、これまで不確かさの大きかった北極地域に存在するエアロゾルをより正確にとらえられることを示しました。地球の気候はさまざまな要素が複雑に絡み合っているため、小さな変化をきっかけに、予想もしなかったような早さで地球の環境が激変する可能性もあります。もちろん、これだけでは北極域のエアロゾルの不確かさを完全になくすことはできません。今後は地球全体のエアロゾルの動きをより詳細に明らかにするとともに、気候変動に与える影響を改めて見積もる、などの研究を行うことで、より不確実性を減らした気候変動予測が可能になると期待できます。