
私たちの生命活動は、200種類以上の細胞が働くことによって支えられています。細胞の中で機能を担っているのは、主にタンパク質とよばれる生体分子。この働きを分子レベルから知ることができれば、生命の不思議を根本から解き明かし、病気の原因解明や新しい薬の開発にも大いに役立つと期待されています。
タンパク質の大きさは、大きなものでもわずか数十ナノメートル(1ナノメートルは1ミリの100万分の1)。目で見て観察できるレベルではありません。理研のSPring-8やSACLAのように、非常に強い光(放射光など)を当てて形を調べる方法もありますが、一瞬を写し取る写真のようなものなので、残念ながら動いている様子を見ることはできません。
そこで登場するのが、コンピュータによるシミュレーションです。タンパク質を構成している分子の中の原子一つひとつについて、お互いが及ぼしあっている力や、その力を受けた原子がどのように動くのか、を物理や化学の法則に基づいて計算することで、ある時間がたった時に原子の配置がどう変わるのか、つまり分子がどう動くのかを知ることができます。この計算を次々と続けていくことで、タンパク質の動きを調べることができるのです。これが「分子動力学計算」です。これまでにも、さまざまなソフトウェアが開発され、タンパク質の構造解明や新薬の設計などに活用されてきました。
原子の数で約1000~10万個分にもなるタンパク質分子のシミュレーションには膨大な計算が必要です。原子1個のサイズがサッカーボール1個分とすると、タンパク質は大きなもので50メートルプールくらい。
タンパク質や水、脂質といった分子の集合である細胞一個ともなると、例えば赤血球(幅10ミクロン、厚さ2ミクロン程度)は4000メートル級の山が20キロ続くような山脈くらいの大きさになります。
細胞の動きを追うためには、とてつもなく大きな空間の中でひしめき合うたくさんの原子同士がお互いに力を及ぼしあっている状態を計算しなければならないのです。しかもタンパク質分子などの動きは非常に速いため、1000兆分の1秒(1フェムト秒)刻みで計算させる必要があります。仮に1000分の1秒(1ミリ秒)ぶん、タンパク質分子の動きを調べようとしても、何億、何十億という原子について1兆回計算することになります。計算の速い、高性能なスーパーコンピュータでも、分子レベルからタンパク質や細胞の動きを調べることは非常に大変なことです。
これまでの研究では、水の中にタンパク質1つ、など細胞の中とはかけ離れた仮想的な状態でタンパク質の動きを調べていくのがやっとでした。それどころか、細胞内のタンパク質の動きを厳密に計算しようとすれば、世界最高レベルのスパコンであっても計算力がまだまだ足りないのです。
研究チーム紹介
粒子系生物物理研究チーム
プレスリリース(理化学研究所のウェブサイト)
「超並列分子動力学計算ソフトウェア「GENESIS」を開発
-「京」を活用し巨大生体分子システムのシミュレーションを実現-」
英語版RIKEN Research(理化学研究所のウェブサイト)
PDF P11/Page#9 - The genesis of GENESIS