理化学研究所 計算科学研究機構

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Science 研究成果

世界初、分子レベルの機能まで組み込んだコンピュータ上の心臓モデルの開発

杉浦氏 生物学の発展とともに、多くの病気を分子レベル、特に遺伝子の変異や発現(*1)の変化から捉えようとする考え方が主流となり、これによって根本的な病気の理解や治療の道が拓けると考えられています。そこで細胞や臓器、また体全体にいたる様々な規模で起きる動きや現象を、分子レベルから精密にコンピュータの中に再現できれば、疾患メカニズムの解明やその治療に大きく貢献できます。

心臓を例にとると、心臓が動くために必要な細胞内外のイオンの流れなどの電気的現象から、生化学反応、そして臓器の変形や血液の流れなどの力学的現象など様々な物理現象を統合する必要があります。10年前から簡単な心臓モデルの構築を始め、その他の臓器モデルの開発も行ってきました。しかし本物に近づけるために、シミュレーションに用いる各細胞内の分子数を増やすと、研究室で保有する数千のCPUからなるコンピュータを使っても、心臓の収縮一回分の計算を行うのに2年近くの期間が必要でした。イン・シリコ心臓の作り方

今回「京」を利用することにより、この計算は1日以内でできるようになり、世界初の遺伝情報までカバーするコンピュータ上の人間の心臓モデル“イン・シリコ・トランスジェニック(*2)・ヒト心臓モデル”が現実のものとなってきました。

現在は家族性肥大型心筋症という病気についての解析を進めており、実際の検査で測定された心筋の弛緩スピード低下などの現象を、コンピュータ上で再現できるようになってきました。

これからの応用分野としては、個人ごとの心臓モデルを創り、様々な治療をコンピュータ上で試した後に最適な治療を勧めるテーラーメード治療(*3)、動物実験の代わりに人間のコンピュータ上のモデルを使った機器開発、そして薬の副作用の評価に用いるなどの創薬への活用が考えられています。

現在も分子、細胞内の微細構造の変化と疾患との関連が次々と明らかにされています。これらを再現するモデルを開発するには、機能数×細胞数に比例し、計算能力の拡張が必要となり、これからも「京」や、「京」に続く強力なスパコンへの期待はますます高まります。

マルチスケール・マルチフィジックス

【京コンピュータシンポジウム2013講演から抜粋】

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京コンピュータシンポジウム2013  講演要旨講演資料
マイナビニュース・京コンピュータで700日かかった細胞内の微細構造モデル化の計算を1日で実現 - 東大

*1 発現:遺伝子の情報が細胞における構造や機能に変換され現れ出る過程のこと。普通は遺伝情報に基づいてタンパク質が合成されることを指す。
*2 イン・シリコ:コンピュータ上で創り出された。
トランスジェニック: 遺伝子工学を用いて人為的に個体の遺伝情報を変化させた動物。
*3 テーラーメード治療:体質などに基づき、個人ごとに最も効果的な治療を選択するという治療方法。
*4 マルチスケール:ブドウ代謝などの分子レベルや、細胞、臓器、そして生体全体に至るまで様々なスケール (規模)を含むこと。
*5 マルチフィジックス:心臓が動くために必要な細胞内外のイオンの流れなどの電気的現象から、生化学反応、そして臓器の変形や血液の流れなど力学的現象を含む、様々な物理現象の組み合わせ。